2009-12-07

師走

今年ももう終わりに近くなってきました。
来年は一月早々NHKラジオ第一(1月25日ヨル8時半より55分まで)小堺一樹さんの司会でお話ししたり弾いたりしています。お聴きいただければ嬉しゅうございます。またご意見でもお聞かせください。
先日TVで95歳のピアニスト(女性!!!)が弾いていました。私もギネスブックにのるのにはまだ死ねませんね(笑)

でも大事なことは、何が弾けるかであって、〝にもかかわらず弾けている〟ということではないので大いにがんばらなければと思ってます。今ご親友はモーツァルトとシューベルト。素敵な友達ですよ。
チャンスの折は聴いてください。

室井摩耶子

2009-11-24

冬の到来

急に寒くなって冬本番と言うところです。でも私はストーブをガンガンたいたピアノの部屋に閉じこもっているので、いらした方に「外は寒いの?」などときくだけであまり冬を感じていません。
この9月10月11月とタレント業?に忙しく気がついたら11月半ばということでした。でも11月は白内障の手術をして今や目パチクリのところです。
漸く腰を落ち着けてモーツァルトのソナタ(トルコマーチ)と会話をはじめたらとてもとても優しく美しいので、音の中からじわじわとわきあがってくるお話に身も心もゆだねてニコニコしています。音楽って何て不思議なものでしょう。ただ音の組み合わせだけなのにこんなに深い歓びを持ってきてくれるんですもの。
一つずつの音が(響きが)それぞれ物を言うのですもの。
やっぱり何時もの私の台詞「長生きしてよかった」がでてきます。
来年5月8日には音楽会をいたします。また皆様とご一緒に「良い時間をもててよかった」と音楽の醍醐味に浸りたいとおもっています。

室井摩耶子

2009-11-06

毎回 お久しぶりです

その間 牛久のミニコンサートに行ってきて、本当に久しぶりに実のたわわになった柿の木のある景色を楽しみました。そしてドライブしてくださる(マネージャー)と昔柿ドロボーした話が盛り上がりました。
牛久の皆さんがなかなか音楽に夢中で面白い会でした。
でもこのところ色々重なっていて、それに音楽会の前はその準備に追われていて やることを皆あとに回していたら、次の1週間は〝ピアノなどそっちに行け〟になってしまいました。
気がついたら世の中は冬になりかけ・・・・着るものに困っています。
これからまた普通の生活リズムに戻ってブログにも顔を出しますつもり。
どうぞよろしく・・・・・
室井摩耶子

2009-10-19

テレビを終えて たくさんの書き込みを有難うございます

10月15日フジテレビのお台場のスタジオまで生放送に行ってきました。放送はたいへん評判がよく2800くらいアクセスがありました。
でもご当人は朝4時起き、6時に家を出発で生放送はやっぱり疲れます。カメラリハーサルや本番リハーサルの繰り返しで林家正蔵さんともゆっくりお話もできませんでした。
でもテレビって凄いですね。あの30分の放送のために4日間くらいつぶして取材取材でした。そうやって24時間放送しているのですから驚異です。
ところで、わたしのブログのコメント欄には60件ほど書き込みがあり、疲れてひっくり返りながらも一生懸命読んでいます。まもなく地方にも行きますからまたご報告します。
室井摩耶子

2009-10-12

魔女の呟き

ここ一週間ぐらい、よくフジテレビさんと付き合っています。
(放送は15日 あさ9時50分ごろ~30分間です)
人とお話するのが好きな私ですが、やっぱり音楽のお話をするのが嬉しくてノンストップになってしまいます。先日もNHKラジオで〝ときめき室井さん〟というタイトルで弾いたり喋ったりしたのですが、もう20回になるトークコンサートの実績(?)を買われて〝どうか思うようになさってください〟と言われて、すっかり慌ててしまいました。音楽というものは本当に不思議なもので普通のお話でしたら悲しいとか嬉しいとかは共通の感情の波の経験をもっていますから、すぐ通じるのが当たり前です。ちょっと子守唄のメロディを思い起こしてください。このようなメロディでなぜ子どもは眠るのでしょう?
音楽にそのような深い感情を表現する音、光輝くばかりの喜ばしい感情を表現する音に満ちています。あの凄い音楽家たちはそれをフルに使って、聴いている人たちにあらゆる物語を語りかけるのです。音楽という不思議な媒体!!と、私はその中に秘められた物語と毎日取っ組んでるわけですが・・・だから私はお聴きくださった方たちから「何か物を言いかけられているみたよう・・・」と言われると、本当に嬉しくて仕方がないのです。
魔女の呟きというところでしょうか?
皆様のご意見をお待ちします。

室井 摩耶子

2009-10-02

目がまわるピアニスト


ご無沙汰しました。
何かタレント並みにNHKとか朝日新聞とかj-waveにこのところひっぱり出されることが多くいささか目をまわしているところです。
今度は10月15日 フジテレビで朝9時55分から30分間、弾いたり喋ったり致しております。ご覧いただければ嬉しゅうございます。
私自身も自然発生的な88歳のおばさんと自称60歳のピアニストの使い分けで小さな脳が!!ひしめき合い、テンヤワンヤの大騒ぎです。
また一段落したらご報告いたします。

室井摩耶子

2009-08-24

〝生きててよかったぁ~〟

 暑い暑いと言っているうちにふっと空気がさわやかになり、あぁ秋だなと感じさせる気候となりました。
 6月には米寿の音楽会を致し あまり年のことを考えず「それ誰のこと?」なんて言っていた私も、すっかり烙印を押されたこのごろです。でも私と音楽との関係は、相変わらず〝すったもんだ〟と 揉みあいを続けつつ、新しい発見々と喜んでいる境地です。やればやるほど、音楽って何て不思議なものだろうと思わせられる場が多くなります。 音楽会ごとに、皆様から寄せられる「あんな魅力的なバッハは聴いたことがない。まるでバッハ自身が出てきて、話しかけてくれたみたようでした。」とか「あのベートーヴェンの最後のソナタは凄かったぁ」などとお便りをいただき、やっぱり〝生きててよかったぁ~〟と嬉しくなってしまいます。本当に人間が年をとるって何なのでしょう? 毎日毎日をトンカチトンカチと、もっと深い音や響きは出ないかしら。作曲家はここで、まるで森の彼方にサヨナラ…サヨナラと姿を消すのに、そのお別れの静寂さってもっと深いんじゃない?などと、言いながらピアノに指を滑らしているだけなのです。毎日 手や指によくやってくれてありがとうと言ってるだけなのです。でも考えてみたら、私を囲むたくさんの方たち、たくさんの現象が私にいろいろなことを与えてくださってるのですよね~。
 9月1日にはお弟子さんたちが私の米寿のお祝いの音楽会をして下さいます。私は彼らが、その後の境遇、経験、そして音楽の積み重なったプロセスを、どんな風に私に話しかけてくれるか、それを聞くのが大変楽しみであり、喜びでもあるのです。
そう、もう一度〝生きててよかったぁ~〟と叫びましょう。


室井摩耶子

2009-07-20

新しい発見

あっという間に6月28日の演奏会から1ヶ月が経とうとしています。当日はNHKが入るというので朝9時半にお迎えが来て午前中に1回本番、午後もう一度本番ということになってしまい、もうクタクタに疲れました。NHKでは当日夜 ニュースで取り上げられ そのままBSで何回か放送され、ニューヨークにいた知人から「見ました」という連絡が来てビックリ。白寿となった私にとっては考えられない〝地球の狭さ〟の経験でした。
お蔭様で演奏会は大成功でしたが、練習過程においては私自身「えっ?」と思われる新発見がいっぱいあり、嬉しい演奏会でした。
演奏会ごとに楽譜を前にその作曲家の意志やオーラを求めてそれを掘り下げていくわけですが、その音楽家のもっている言葉というものの在りようは本当に面白いものです。そうして昨年来すっかりバッハ語に取り憑かれてしまった私ですが今年はそのうえにベートーヴェンの至難の曲OP・111のソナタを加えたので、なかなか大変でした。楽譜の読み方も勿論ですが、私はこのふたりの曲を演奏するときは全く別の音色が要求されるということを知ったのです。「そんなこと当たり前でしょ」といわれそうですが、基本的に彼らの曲がステージでつくりだすオーラの種類がぜんぜん違うのです。それはある時、聴かせてほしいという方の前で初めて演奏会のように続けて弾いたときに起こりました。いつだって楽譜をみて指で弾いて耳で聴いているわけなのに!!!でもこの時はこの3つの運動の結果を、今度は私の指が演奏するものを音楽として、ある塊りとして私の体が受け取ったのかもしれません。ある違うオーラの輝きが私を包み込んだのかもしれません。勿論いつでもその作曲家の音楽哲学を表現するための音色は探りにさぐって追い求めます。でもこのように違うピアノの音と感じたのは初めてでした。「何を今さら」と言いたいところですが、でもそこでひらけた新しい風景は驚愕でもあり新鮮な歓びでもありました。一回ごとに新しいことを発見する歓びは私を音楽から離しません。そしてそれを聴いている方たちに「ね、そうでしょ!!!」と語りかけられる喜びでも・・・!
ようやく人心地がついた今頃になって私は音楽って何てすばらしいものだろうと思っています。

室井 摩耶子

撮影:中村 太

2009-07-01

音楽会の後で

疲れて人心地がない状態です。。。
目が覚めたらお目にかかりましょう。
何日か経ったらまた書きます!

室井摩耶子

2009-06-09

梅雨の項

もう6月の梅雨のときになってしまいました。庭のアジサイが色とりどりにさいています。私の音楽家たち-バッハとベートーベンは音楽会を目の前に大分成長してきて色々な表情を見せてくれるようになりました。

あと3週間です。

ガンバレガンバレと叫んでいるところです。

6月28日はパソコンの画面ではなくナマの音楽をもって
お目にかかれるのを楽しみに・・・・

今日は写真を沢山のせます。

撮影・室井摩耶子

2009-05-25

5月の庭

お花がエネルギッシュに咲き誇った4月も過ぎてお庭も大分落ち着いてきました。気難しかった恋人ベートーベンとも漸くベートーベン語で話が出来るようになりホッといたしております。
私のパソコン技術も少し上達していろいろな検索も出来るようになり様々な音楽がインターネットに現れてくるようになり面白い経験を一杯してます。
例えばバッハのブランデンブルグ・コンツェルトの5番などアバドのそれとグレングールドのそれではうける印象が、これでも同じ音楽かとおもうほど違います。アバドのは聴いていると胸がワクワクしてきてこちらも踊りだしたくなるようなのに、グールドのはひたすら音楽に沈みこんでいます。
時々自宅でお弟子さんやファンの方たちと聴き比べてどちらがいいかと評定しますが、こればかりは結末のつけようがありません。楽譜はおなじなのに音楽ってなんて不思議なものでしょう。私は一音ずつに心がありこちらの心に話しかけてくるのが音楽の絶対条件と思っているのですが、数多くの演奏を聴くと彼らのもっている演奏哲学が聞こえてきて興味津々です。
では私が6月28日にはどんな音楽の姿をもって皆様とお話したいとおもっているか?ぜひ音楽会場にきてください。実は私自身もどんな音楽の姿になるか?と思っているところなのですが・・・・・・
室井摩耶子

2009-05-19

米寿

1ヶ月前になりますが今年は米寿というので4月18日(わたしの誕生日)は家のなか中、花であふれかえりました。有難うございました。
でも日常はお祝いどころか6月28日の演奏会をめがけてベートーヴェンと悪戦苦闘してます。
彼の最後のピアノソナタOp.111は彼の53才の頃の作品ですが、今で言えばちょうど米寿くらいでしょう。でも気難しいジイサマの頭の中は複雑で、何故こんなことを書いたのだろうと我が恋人ながらわからぬことでいっぱいです。「ねえ ここどうして3ページにわたってPとPPばかりなの? そしてソプラノのこのチョロチョロはしりまわるのは なーぜ?」「そんなこと 知るか!」と彼は日本の男性みたように威張りかえって素っ気無い。でも音楽会までにはウンといわせるぞ! この頃の女性は強いんだから! などとあらゆる兵器を動員して… つまり頭と耳と指にハッパをかけています。
6月28日の白寿ホールの音楽会には是非みなさん応援にきてくださいね。
室井摩耶子

2009-04-01

春になりました

 トークコンサートまであと3ヶ月になりました。その前に雑誌 主婦の友社「ゆうゆう」6月号5月1日発刊に出没します。読んでくださいネ。。。
取材は面白かったけれど音楽はなかなか大変です。 BACHさんやBEETHOVENさんが早くニコニコしてくれないかなあ。。。でも6月28日には皆さんが喜んでくださる音楽をお届け出来ると思います。
ぜひいらしてくださいネ。 室井摩耶子

2009-01-24

新しい地図


いよいよ寒の季節に入って参り厳しく寒い日が押し寄せてきます。
今年は米寿の齢といわれて「あれ!そーお?」などといっておりますが
目下6月28日の音楽会にむけてBachやBeethovenの扉を一生懸命叩いております。
Bachは昨年夢中になりその魅力から抜け出せずにおりますが面白い事に楽譜の読み方(音楽へのアタックの仕方)がまた違ってきてポリフォニーという言葉を改めて読み直しております。
すこし専門的になりますがBachの縦に響くハーモニー(和音) そしてその和音から和音への移りは「え?うそっ!!」という程ふしぎな物語をしてくれます。ところがよくよく見てよくよく聴くと、今度は横の線が長々とメロディーとリズムを持って語っているのです。特にフーガなど、ある声部のテーマが終わると(台詞が終わる)他の声部に、それに対する台詞が始まる― のですが実は前の声部のフレーズはまだ続いてその歌を歌い上げているのです。よくテーマはきこえるように大きな音でなどと申しますが、面白い事にそのテーマの歌の音楽に心を集中すると、技術的にそこだけ大きな音を出さなくてもそのテーマはよく響いてくるのです。私は弾きながらしばしば人間というものの不思議さを思います。
前にチャイコフスキーのコンツェルトを弾いたときのことでした。あの三楽章のいよいよ終わりのところに、もう一度テーマが出てきます。オーケストラはTutti(全楽器で弾く)で それこそいっぱいの音を出している中で、ピアノがどんなに頑張っても聴こえるわけはないのです。ところがここでこのテーマの云いたい台詞まわしに集中して弾くと、この大音響の中でピアノの歌が浮かび上がってくるのです。物理的に不可能な中でどうしてそのようなことが起こるのでしょう。私は歌の持つ心(音楽の心)の不思議さを感じたものでした。
私は精神主義的な表現はあまり好きではないのですが、人間の能力(音楽の持つ力)には本当に不思議な力があるとしみじみ思います。もちろん、そこに至るためには本当にいろいろな努力は必要ですが…
まだ6月までには時間があるので新しい発見も出てくるでしょう。
頑張ります。楽しみにしていてください。

室井摩耶子